[271]日本のエネルギー政策の失敗が招いた太平洋戦争???!太平洋戦争に詳しいかたにおたずねいたします

[271]日本のエネルギー政策の失敗が招いた太平洋戦争。太平洋戦争に詳しいかたにおたずねいたします。太平洋戦争での特攻隊、これが成功していたら、日本は戦争に勝っていたのではないかと思います。アメリカがうまく迎撃したことになっていますが、これは時の運というもので、ちょっと間違えていたらやられていたかもしれません。実際、アメリカ軍では、日本兵の命知らずぶりに恐れおののき、発狂した兵隊さんもいたそうなので。みなさま、日本が勝っていたかもしれないストーリー、あったと思いますか?それとも、やはり日本は、負けるべくして負けたのでしょうか?回答、よろしくお願いいたします。

特攻という発想を国家が持ち出すのが、そもそも国家の敗北宣言みたいなものだと思うね。日本が勝利するストーリーはなかったと思いますが、帝国海軍は、最初から1年間が戦闘持続の限度と考えていたようで、状況が有利になった時点で、停戦に持ち込むつもりだったらしいですな。この停戦構想を潰したのが、財閥と陸軍のウスバカだったらしいですわ。停戦が成功すれば、広島、長崎はなかったんだがな。

時の運…さてっ、どうだろう?特攻を組織的に始めた頃は…そこそこ成功?成果もあったようだ。日本兵の命知らずぶりに恐れおののきというのもあったらしい。実際それでノイローゼ、発狂に至った方々も確実にいた。理解しがたい行為だからだ。が、同時に…原爆投下を正当化とまでは言わないまでもその原動にも;?Д?!後半、練習機まで使った特攻…これはさすがに効果が薄すぎる。こういっては何だが犬死としか言えん。もっとも、練習機とは言え時速100Km以下って事はないだけマシなのかもしれない。一番弾が当たるであろう真正面に爆弾積んだボートのようなものΣ?д?lll戦車でさえ、そのノリで…もはや何だ?挙句特攻専用機、まともに飛ばすのも厄介なシロモノや人間魚雷も気に入らんが人間機雷というもはや何がしたいのかさえ不明なものさえ「伏龍」という。これは実際に使われたという確認は無いそうだが?o○あった。そもそもやけっぱちとも言える戦法というのもおこがましい思える行為だと命を賭した人間に対し非礼であろうと考えるだろうか?実際、形式上は志願であるが怪しいものだ。言い方は酷だが、ある種思考停止だったとしか思えん。日本は、負けるべくして負けた…いや、これはでも一概には言えまい。ただ、ビジョンがあやふやだったのは確かだ。アメリカ全土を支配出来るとまではでも、思っちゃいまい。なら、どこかで停戦なりをせねばならないのだが…そんな事を考える弱腰!何て感じに至っていたずらに戦線を拡大させていった陸軍の中国大陸での行為と結局そう変わらんのでは?感を拭えない。当時、大東亜戦争と呼んだ。なら、アジア開放という方向で行ったかといえばそうでもない。アジアを食い物にする行為横行で、とてもじゃねぇ~が共闘という発想さえ持ちえていない一部、一時例外あり。勝っていれば特攻何て発想も無かったし、ヤケクソ行為に他ならないとオレは思えてならない。美化するような行為とも思えん国を守るという気持ちで特攻に行った兵も無論いたであろうから、そこ考えると言い過ぎに思えなくも無いが、大体命令した輩には逃げたとしか思えんヤツや実際逃げただろうヤツもいたんだ。そういう恥知らずが、上官だったりしたらもう何とも報われんとさえ思えてしまう。日本が勝っていたかもしれないストーリー。IF…少なくともシーレーン防衛もろくに考えてない状況で資源もまともに本土に送れないだの色々あるが気に入らんのは、戦力的には有利だったハズのミッドウェー海戦でボロ負けは無いだろ?たとえ情報がばれていようが…だ。その手の考察は多々あるから今ここで述べる気はないが、人事の問題もな…あるんだゎ。要は、適材適所でもない。また、ミッドウェー海戦後の対応もまずい。味方に負けた事を隠す?為に生き残りを死蔵というのか?左遷のような感じで無駄にした側面もある。大東亜共栄圏…日本人以外のアジアの民の軽視だのではなく真にそうしていたら、ずいぶん変わったのでは無いか?と、思えてならん。しょっぽクン

特攻が仮に大成功してたとしても所詮は一時凌ぎであって大勢に影響はないと思いますよ。日本は特攻により大部分の航空を失いましたから。圧倒的な軍事力を持っていたアメリカからしたら特攻で失った船舶、航空機など僅かであり、一時的に退却など有ったとしても直ぐに盛り返してきたでしょうからね。戦後になって「反省」されても???。-陸軍エリート将校反省会議」という副題からも明らかなように、戦争に深く関わった「陸軍エリート将校」たちが戦後に行った「反 先の戦争については、1931年の満州事変、 そして37年からの日中戦争の延長戦上に太平洋戦争を位置づける見方が一般的だ して戦線を拡大したことについてはNHKスペシャル取材班の『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 戦中編』NHK出版に詳しい 新規参加 お問い合わせ。

歴史にゃ詳しくないが、特攻隊の発想ってのは、軍部のバカ連中が敗戦での責任を取りたくないから総玉砕の一環としてやりやがったんだろうってのが俺の考えだわサッサと敗戦処理もせずに、アホなことさせて国民を無駄死にさせやがった罪は、東京裁判にかけられて当然の事だと思っているわ敗戦のきっかけとなったソ連参戦と原爆投下を特攻で食い止める事は不可能と言える。何千機という重爆の中からB29だけを狙って特攻とか?。旧式の機体では同高度に持って行く事さえ不可能というのに。

対策の出来ていた菊水作戦でも日本軍の戦死が3067人に対して、アメリカ軍の戦死4907人、戦傷4824人です。大体、1対3で死ぬか負傷させてるのに戦果が大した事ないはないです。空母とか沈んでませんが、これを大した事ないというのは事故でバスが大破しても大した事ないと言うのと同じ暴論です。バスは地面より下に沈まないですが、中は悲惨な状態ですよ。宣伝の通りに1億特攻させられてたら3億くらい死んでるか、けが人なのでアメリカも全滅です。

根っこの問題として、『勝つ』ってどういう意味ですかね…平成14年度の防衛省防衛研究所戦争史研究国際フォーラム報告書↓の中の『日本の戦争計画におけるイギリス要因—「対英米蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」の消滅まで』赤木完爾から、やや長くなりますが引用します。~~ 日本の戦争計画は、ヨーロッパの戦争におけるドイツの優勢とイギリスの屈服という二つの仮説に依存していた。開戦時において大本営政府連絡会議は、すみやかに南方の資源地帯を占領し、この占領地からの物資によって培養される戦力を推進力として、「持久戦」を遂行しつつ、敗戦に至ることなく講和会議によって終結しようと希望していた。 大本営と政府の政策決定者は、来るべき戦争が長期化するであろうと考えていたことは事実である。しかし彼らはその長期戦の実態が、近代兵器を投入して大量消耗を伴う、激烈な陸海空にわたる連続的な戦闘であるということは洞察できなかった。むしろ期待的に予測されていたのは、戦争が両軍の手詰まりで対峙状態に陥って「持久化」することであり、そのうちに相手方が継戦意思を放棄して、講和会議となるのではないかとするようなものであった。こうした発想をもたらした最大の要因は、当時の日本の政策決定者の戦争観にある。 開戦当時の軍令部作戦課長、富岡定俊大佐は次のように回想している。「この戦争は、敵に大損害を与えて、勢力の均衡をかちとり、そこで妥協点を見出し、日本が再び起ちうる余力を残したところで講和する、というのが私たちのはじめからの考え方であった。だが、そうはいっても、講和の希望にたいする裏付けが、とくにあったわけではない。しかし、当時は、欧洲でも大戦が進行しており、最高指導者の間ではドイツも非常に勝っていることだし、バランスということもあるので、講和のキッカケはその間にでるだろう、と考えられていた」 。 以上にみたような「勢力均衡の観点からの和平の早期実現」という期待的幻想が生じた理由は、日本の政策決定者たちが、長期戦?総力戦について語ることはあっても、多くはその本質を理解していなかったからである。したがって開戦時の多くの日本の政策決定者は戦争の終結について、日露戦争当時の古典的構想しか持ち合わせていなかった。それは富岡の言葉によれば、「制限戦争観」である。その主要な理由は、日本が総力戦として戦われた第一次世界大戦から近代戦争の本質を学ばなかったことから生じている。 ~~このようにさしたる根拠も無く日清戦争や日露戦争みたいな間隔で「勢力均衡の観点からの和平の早期実現」みたいな『幻想』を頂いて始めてしまった、という点からして、大間違いだった、って事ですが、特攻で『日本兵の命知らずぶりに恐れおののき、発狂した兵隊さんもいた』から、米国に「すみません。ごめんなさい。」って言わせられた、と思いますか?「早期の有利講和」なんてものが有り得た、かのような発想は、ネットなんかには未だにありますが、そんな「甘い」話じゃなかった、って事ですよ。そもそも「勝つ」ってどういう事なのか、ってところから考えた方が良いとおもいますよ…特攻の軍事作戦として「やられた側」の評価がされている米軍戦略爆撃調査団のsummary reportは、その原文がネットで誰でも見られます。この報告書は、占領後に敵だった日本の資料や尋問も入手した上で、その後の戦争に役立てる為に纏められたものなので、米軍将兵の『感情』を知るには不適ですが、客観的な評価には向いています。例えば、特攻のダメージについては、P70Even though losses would be 100 percent of the planes and pilots thus committed, results, instead of being negligible, might be sufficient to cause damage beyond that which we would be willing to endure. 直訳調で訳すなら特攻は、we would be willing to endure=進んで耐えるレベルを越えたダメージの原因になるには十分だったと呼べるだろうってな感じです。つまり、特攻による損害は無視し得ないものだった、って事ですね。P71Two thousand B-29 sorties were diverted from direct attacks on Japanese cities and industries to striking Kamikaze air fields in Kyushu. Had the Japanese been able to sustain an attack of greater power and concentration they might have been able to cause us to withdraw or to revise our strategic plans.Had the Japanese been able to sustain…は、仮定方過去完了ですから、『日本がより強力かつ集中して特攻が出来たなら、米軍の戦略計画をwithdraw=撤回するかrevise=変更する事が出来たかも知れない』は、日本はより強力かつ集中して特攻が出来たなかったから=日本にはその能力が無かったから、米軍は戦略計画を変えなかった、って意味でもあります。P109にも、特攻の評価はあります。This was a measure of desperation, but the results obtained were considerable and, had they been much greater, might have caused us to withdraw or to modify our strategic plans.特攻は絶望からの手段ではあったが、その成果は相当なもので、もしもっと強力だったら、戦略計画を撤回あるいは変更させられていたかも知れない、って意味ですね。特攻が通常攻撃よりも特に初期には遥かに高い確率で米軍艦艇に損傷を与え、米兵を恐怖させた、それは紛れもない事実です。当たり前ですね。撃墜される事を回避しつつ攻撃してくる相手への防御と、最終的には敵艦に当たりさえすれば良い、と思って攻撃してくる相手とでは、必要な防御の濃密さは全く違い、またいくら防御を濃密にしても、それを上回る密度で特攻されたら、完全に防ぐ手段はありません。米軍艦艇の損害の内、特攻によるものの比率が高いのも事実ですが、ほぼ『それしかなかった』のだから当たり前です。テロなら、テロって言葉が恐怖を意味する様に、恐怖で敵の行動を変えさせようとするものですから、敵を恐怖させる事が出来たなら、一応成果はあった、と言えるのでしょう。が、特攻はテロじゃありません。勝つ迄は行かなくとも、日本側の主観としては『少しでもマシな講和』か、『本土決戦への遅滞か』全体戦略としてはそれぐらいしか意味はありません。が、実際には、日本には米軍の戦略計画を変更する能力すらない状況で絶望的に行われたもので、実際に米軍は防御を濃密にはしたが、戦略自体はそのまま実行した、米軍はそう言っています。「もっと大規模にやる”能力”が日本にあれば戦略を見直すことになっていた《かも》知れない」=「日本には戦略を見直させる能力すらなかった」と敵に評価されているものに、『日本が勝っていたかもしれないストーリーがあったかどうか』考える事自体、価値のない話だと思いますよ。極端な話、特攻が嫌だったら、わざわざ攻め寄せないで、遠くで防備を固めて制海権だけ確実に把握する、というだけでも、日本全体を文字通りの意味の『餓死』に追い込む事も出来た訳で…特攻でないと敵艦にダメージが与えられない、なんて思った時点で、実際には日本側の「主観に於いても」敗戦必至だった、と考えるべきでしょうね…単にそれを大本営はそれを認めたくないから、特攻隊員を含むがそれだけではない膨大な数の日本の将兵や、空襲などで民間人が死ぬ事になっただけで…例えば、大本営陸軍部戦争指導班の機密戦争日誌の分には…『来月上旬中には「サイパン」守備隊は玉砕すべし。最早希望ある戦争指導は遂行し得ず。残るは一億玉碎に依る敵の戦意放棄を俟つあるのみ。』とあります。こういう発想で選択されたのが特攻です。米軍のレポートが『This was a measure of desperation』特攻は絶望からの手段ではあったと言って居るのと本質的には同じですよね。もはや「玉砕」で相手が戦意放棄してくれる音以外は望みが無い、という状況で選択されたのですよ…が、戦意放棄するどころか、「戦略の見直しすら米軍はしなかった」というのが事実です。

>太平洋戦争での特攻隊、これが成功していたら、日本は戦争に勝っていたのではないかと思います。そんな事を言い出したら切りがないなあ笑。日本軍が珊瑚海海戦で勝っていたら、ミッドウェー海戦で勝っていたら、インパール作戦で勝っていたら、マリアナ沖海戦で勝っていたら、レイテ沖海戦で勝っていたら、硫黄島で勝っていたら、サイパン島で勝っていたら、、、日本がアメリカより先の原爆を完成させていたら、日本が重爆「富嶽」を三年ほど早く完成させていたら、「烈風」や「橘花」を三年先の大量生産させていたら、日本に鉄鋼や石油がアメリカより多く産出していたら、、、>アメリカがうまく迎撃したことになってい ますが、これは時の運というもので、機動部隊のはるか外周に日本軍航空隊を早期発見する為に駆逐艦部隊のピケットラインを設定し、機動部隊に連絡して戦闘機がやってきて特攻隊が機動部隊に到着する以前に撃墜、、、運よく到着しても艦隊上空を護る直掩機に阻まれ、更には艦艇からの猛烈な対空砲火、、、これが「時の運」?笑>実際、アメリカ軍では、日本兵の命知らずぶりに恐れおののき、発狂した兵隊さんもいたそうなので。戦争恐怖症にかかった米兵もいたがまあ例外だな。それで米艦隊の作戦に支障なんかまったく無かった。>みなさま、日本が勝っていたかもしれないストーリー、あったと思いますか?残念ながら無い。>それとも、やはり日本は、負けるべくして負けたのでしょうか? その通りだ。だから山本五十六はあんなに対米戦争に反対したのだ、「負けるに決まった戦争する馬鹿がいるか!」、と。

特攻が成功する可能性は皆無でした理由は燃料ない パイロットいないそれにアメリカは新兵器を開発して配備していました、対空ミサイルの元祖になるvt新管です特効では勝てませんし、大東亜戦争が始まった当初から山本五十六などは日本は負けると言い続けていました。背景として、当時の日本は鉄や石油などの殆どをアメリカから輸入してましたので、これらの資源が断たれた時点で勝てるわけがありません。事実、大東亜戦争自体がアジアを欧米諸国から解放するという建前で始められましたが、実際は資源の確保でした。確かに特攻隊はアメリカ筆頭の連合軍に恐れられていましたが、今も昔もアメリカは精神論で勝てる様な相手ではありません。

特攻は、練度不足により空母に着艦することができず、発艦したら生還の見込めない未熟練搭乗員によって「どうせ死ぬなら」と始められました。航空機搭乗員には5年以上の訓練が必要のため、特攻なんていう作戦を常用する時点で日本の航空戦力は日本自身の手によって損耗して行ったのです。日本が勝利する唯一の道筋は、さんざん色んな人に言われていますがシンガポールとフィリピンをとった時点で、それを返還する代わりに中国大陸での利権を連合国に認めさせる早期講和です。ただ、当時の日本世論では難しかったでしょう。

日本が「ほしがりません 勝つまでは」とか「一億火の玉」とか言ってる時。アメリカではジャズが大流行しディズニーの新作映画が1944年に公開されたりそんな国に勝てるわけがねえ特攻隊員の精神は今も引き継がれ生きていると思います。戦争ですから日本が勝つチャンスは有りました???奇しくも負けはしましたが今の日本の繁栄を見ると、あの時の敗戦日本を愛し死んでいった多くの兵士も無駄では無かったと感じます。これからの日本の行く末は、??貴方や私??今を生きる日本人に委ねられてます、誇りをもって行こうじゃないですか。

残念ですが、「特攻」では戦争に勝てないことは、当時の軍人や政府要人なら、普通に知っていたことだと思います。というか、現代の日本人は意図的に忘れさせられている傾向がありますが、「大日本帝国」という国家は、決して「対米戦争」それも「総力戦」をしたかった訳ではありません。ただ、明治以来の歴史で必然的に歩まざるを得なかった「大陸進出」という成果を全面的に放棄しろと言う「脅迫」に対して、全体としては仕方なく踏み切らざるを得なかった、「団結」とはとても言えないしぶしぶの承認と言う形で、あの戦争に向かっただけです。だから、「太平洋戦争」に何のメリットもない「陸軍」が、「第一段作戦」の後で、「占領地を放棄して撤退しよう」と言う意見も強かった、というのは、あの偏向国営放送の中でもマトモなドキュメンタリーでやってたくらいです。ともかく、当時の歴史的常識からすれば、「極東アジア地域に限定すれば」日本が何とかできる可能性はあった、これはかの「20世紀最大の歴史家」と言われた「トインビー」でさえ、ある程度言っていることです。ところが、欲にかられた?アメリカは、その極東まで攻めてきちゃった、その絶望の中で、日本軍の最後の手段として取ったのが「特攻」であって、日本が求めているのは、まあ国民とかの手前、あまり大声では言えないけれど、求めているのは「勝利」と言うより「降伏の承認」でしかありません。まあ、日本が「天皇制絶対君主制国家」であったなら、遅くとも1944年までに間違い無く降伏したでしょうが、「民主主義」とは言えないまでも「立憲君主国家」では難しかっただけです。ともかく、「日本」の理想は、「フランス降伏」のように「妥協」が成り立つことだったでしょうが、逆に「連合国」ではこの「失敗」を基に、「単独講和はしない」と取り決めていた、日本もそれは知っていたけれど、アメリカにも知識層には「日本とナチスを一緒にすべきか?」と言う意見があることは知っていたし、それに賭けるしか道はなかったけれど、「生意気なイエローを虐殺しろ!」という白人至上主義に敗北したんです。ともかく、何人かの方がご指摘のように、あの物量差の中での「カミカゼ」の威力は絶大だったんですが、世の中の人のほとんどは「軍事音痴」なんでそれがわからない、当時のアメリカでも隠しおおせる自信は当然あった、というか、「日本人はやっぱり野蛮だ!」という逆宣伝に使えるともふんでたんでしょうね。まあ、結局、第二次大戦でアメリカ軍の「将官」を殺せたのは、「自軍の誤爆、誤射疑いを含めて」と「カミカゼ」だけじゃあなかったかな?やれる事は全てやりつくしたという攻撃ではありますが、それで「勝てる」というものでもない、そんなことは当時の日本軍でも期待していない、というのが正直なところでしょうね。せめて、「スペイン経由の降伏交渉」とかにいくらかでもプラスになれば、というあたりでしょう。ちと、まだ難しいですか?

特攻は抵抗戦の象徴というか、勝つ為の作戦でなくやられるにしても簡単にはやられねえぞという作戦です。 実際多大な被害を米軍に与えてる訳ですし、こうすれば成功したとかそういう問題じゃないんですよていうか勝つか負けるかの二者択一で考えるのはもう止めましょう。戦いはそんな単純なものじゃありません特攻作戦を考えつくような、クズ作戦参謀を生んだ大日本帝国海軍が、アメリカ軍に勝てる道理などが有るとはとても思えません。陸軍も同様です。クズ作戦参謀が戦後も図々しく生き残っているような陸軍ではアメリカ軍やソ連軍、中国軍に勝てる筈がありません。悔しいけど、負けるべくして負けたのでしょうね。

時の運でもなんでもありません。あり得ない戦法に困惑しただけで、即応されています。発狂した兵隊さんはいました。しかし全員ではありません。さっさと後方に送り返して、代わりをよこせばいいだけです。もっと現実的に、「突っ込んでくる前に叩き落とす」だけで済みます。大和が沈んだ時点で、対艦攻撃用のヘルダイバー爆撃機とアベンジャー雷撃機を減らしコルセア戦闘機に交替させています。コルセアなら特攻機をバタバタ撃ち落とせるし本土強襲の時にはロケット弾を発射して軽爆撃もできましたから。というか、1回目は騙せても、2度目は成り立たないのが特攻です。

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ありません!特攻は航空母艦が壊滅状態になって「やぶれかぶれ」「開き直り」作戦でしかありません!一言でいえば「むだ」「兵隊は消耗品」扱いされただけです。戦う前から「勝てない」「負ける」条件がそろっていました。なぜ?日本は感情、情緒、大和魂が全てであり米は論理性が優先していました。具体的には必要な物量を整える、先端技術を駆使することが尊重されました。真珠湾攻撃の1年前に、「戦ったら負ける」というデータが揃い穏健派が天皇陛下に奏上しようと試みましたが、特高に気づかれて阻止されました。山本五十六も「1年半しか耐えられない」と。

連合国は日本本土攻略に伴って連合国の将兵400万人が殺傷されると想定していました。以下米軍関係者の特攻への評価です。是非とも最後まで読んで頂きたいです。??ニミッツ*1「特攻は極めて効果的」??マッカーサー「特攻は優れた戦果をあげた」??ハルゼー「特攻は米軍にとって手強い存在」??ミッチャー「特攻を止めるには艦載機の増強が必要だ」??アーネスト「特攻は極めて激烈で凄惨を極めていた」??スプルアンス*2「その場に居た者しか信じられないだろうが、特攻極めて効果的だ。陸軍のB29とは比べものにならない」??USSBS*3「特攻は極めて効果的であり、本土侵攻作戦の時に特攻による攻撃で大損害を被るだろう」「特攻隊員は自発的に特攻作戦に参加していた」「航空特攻攻撃の命中率は18.6%だった」「未熟なパイロットと旧式機でも特攻では大きな損害を米軍に与えることができた」??米国議会「特攻による被害は大きすぎる。米海軍は真珠湾と同じように失態を犯している」??従軍記者「カミカゼは確かに米軍に大きなダメージを与えた。そして米軍はカミカゼを恐れていた。実際にパニックが起こりかけていた」 ↓ ↓ ↓ ↓★現代日本人「特攻は無駄死に!検閲済の遺書が語っている!!何の役にもたってない!!証拠は永遠の0と朝日新聞とNHKです!」旧軍バッシングに躍起になって特攻を批判している連中って↑のレベルの人間しかいません。自殺攻撃を美化するつもりはありませんが、いい加減にファクトに基づいた評価をして欲しいものです。*1ニミッツ元帥は沖縄攻略部隊の第10軍バックナー中将に向けて、「我が海軍は1日あたり2隻の艦船を喪失している、5日以内に戦線が前進しなかったら貴官の更迭を要求する」と海軍の艦隊司令官が軍を飛び越した異例中の異例な脅しをかけてます。*2スプルアンス海軍大将は二度も旗艦を特攻で撃破され、ニミッツがこれ以上は無理と判断し更迭され、ハルゼーと沖縄攻略艦隊司令を交替させられています。*3米国戦略爆撃調査団USSBSは大統領の指示によって将来の軍備整備のために1000人を超える軍人、専門家によって、日米両方の資料、証言、統計を基に作成された最終報告書です。特攻無意味論者はこれを当然の如く無視します。??「十分な訓練も受けていないパイロットが旧式機を操縦しても、集団特攻攻撃が水上艦艇にとって非常に危険であることが沖縄戦で証明された。終戦時でさえ、日本本土に接近する侵攻部隊に対し、日本空軍が特攻攻撃によって重大な損害を与える能力を有していた事は明白である。」USSBS報告書??米軍の特攻への公式評価??★戦略爆撃調査団報告書『Japanese.air.power』より抜粋『日本人によって開発された、最も有効的な航空兵器は特攻機であり、戦争末期数か月に日本全軍航空隊によって、連合軍艦船に対し広範囲に渡って使用された。44ヵ月続いた戦争のわずか10ヵ月の間に、米軍全損傷艦船の48.1% 全沈没艦船の21.3%が特攻機による成果であった。』★米軍戦略爆撃調査団報告書summary report pacific warより抜粋『特攻によりアメリカが被った実際の被害は深刻であり、極めて憂慮すべき事態となった。日本がより集中的な特攻攻撃を持続し得たなら、アメリカの戦略計画を撤回若しくは変更させ得えたかもしれない。』

太平洋戦争。太平洋戦争たいへいようせんそう、英: Pacific Warは第二次世界大戦の局面の一つで、大日本帝国やドイツ国など枢軸国と、連合国主にイギリス帝国、 。 ヘルプ。 ヘルプ井戸端お知らせバグの報告寄付ウィキペディアに関するお問い合わせ。日ソ不可侵条約を結ばず、ソ連のシベリア部隊をそのまま極東に配備させ、ドイツの侵攻の手助けをすべきでしたソビエトにすれば全勢力を西部戦線に集結出来ましたし冬季行動に優れた部隊ですから、大助かりでした。もともと日本はドイツがヨーロッパを制圧しその勢いでソビエトも降伏させるのが前提で米英に宣戦布告しましたから、ドイツの足を引っ張たら駄目だよね。特攻隊を美化しすぎな感じだけど、ドイツがポーランドに侵攻した際ポーランド軍は旧式の騎馬隊が主流で、ドイツの戦車隊に抵抗してたんだその時は爆弾抱えて戦車に突っ込む作戦の肉弾戦を展開したけど歩兵隊に阻まれていました。この考えはソビエトと関東軍が戦ったノモンハン事件と同じで関東軍が近代戦車に肉弾戦で挑み大敗したのと一緒だね。日本が戦争に勝つためにやる事は、弩級戦艦の製造を止め航空機や戦車の開発製造に軍事費や鉄を回しソビエトの攻略をドイツとタッグを組み、油田確保を目論んだ方が良かったと思う。

燃料がないので突っ込めませんね日本が勝っていたかもしれないストーリー石原莞爾をトップに据えれば面白かったと思うよ。戦争、ってぇのはねぇ???、まずは政治で行うのだよ。日本は、米国に武力で負けたのではない。政治で負けた、のだよ。だって、日米以外の全世界が米国の味方になったんだろ?勝てるわけないじゃん。戦争はスポンサーで決まるんだよ。なぜ、日露戦争に勝てたか知ってるか?英米がスポンサーについたから、だよ。で、日本が大勝したことにより、米が日本のスポンサーや止めて露側に寝返って、これが、太平洋戦争のキッカケになるんだけどねで、石原莞爾は、蒋介石との和解を強く主張していた。これが、当時最強の政治だったね。アメリカはなんとかして日本との関係をこじらせたかったが、その鍵を握るのが蒋介石中国だった。中国を助ける、というのが唯一アメリカが第二次大戦に参戦できる口実だったのだね。だから、ルーズベルトは最初から最後まで、蒋介石を囲い込み丁重に扱った訳だ。ところが、蒋介石は意外に親日で、逆に中国共産党を強烈に憎んでいた。だから、日本が、中国共産党の討伐に協力する、とかいえば和解の可能性は十分にあっただろうね。 アメリカはなんとかして日本との関係をこじらせたかったトランプ氏が、金正恩を煽ったのと同じだね。子ブッシュは、イラクを煽ったが、フセインは東條に様に挑発には乗ってくれなかった。で、仕方無く、アメリカから攻撃した分けだが、これには全世界から総スカンを喰らったね。最近は、なかなか挑発に乗ってくれる国がいない、というのが現代アメリカの最大の悩み、だね。

特攻も含め、小型機による肉薄攻撃は、アメリカ海軍が構築した早期警戒システムと防空システムと強力な対空火器の前に、ほぼ自殺攻撃に等しいという状況に陥っていました。たとえ体当たりでも、あれ以上の効果は期待できません。沖縄戦のように、艦隊に対する航空攻撃のほとんどを特攻にしても、得られた戦果はせいぜいあの程度です。総特攻にしても、相手の艦船が尽きる前に、日本の航空機が尽きたことは間違いない。というわけで総特攻でも選書に結びつうことはありえません。実際の結果がそれを証明しています。

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